口腔がん治療の最前線:サイバーナイフ、中粒子線、重粒子線治療

はじめに

がんの治療の標準的な治療として、手術療法、抗がん剤による化学療法および放射線療法があります。この中で放射線療法は臓器や機能を温存したままで根治的な治療が行えるという特徴があります。我々の扱う口腔がん領域は形態の機能の温存が重要な領域でもあり、以前から、放射腺療法が比較的に頻用されてきました。近年では手術不能例や進行例に用いられ、さらに以下に示しますような特殊な放射線治療の発達により治療成績も向上し、手術可能例であっても放射線治療を選択することが多くなってきています。そこで最新の放射線治療について紹介したいと思います。さらに放射線治療による代表的な有害事象であり歯科と関連する口内炎と放射線性骨壊死の対処のついても説明を加えたいと思います。

 

1.定位放射線照射:ガンマナイフ、サイバーナイフ

定位放射線照射は1951年にスエーデンのLeksellによって提唱され1)、脳・脊髄疾患の治療法として重要な位置を占めるもので、血管奇形などの器質的疾患や三叉神経痛さらには頭頸部の腫瘍病巣に対しても用いられ、すぐれた効果を挙げている治療法です。2)

定位放射線照射は線量の配分の仕方により、①定位手術的照射(1回照射による方法)と②定位放射線治療(分割照射方法)に分けられます。ガンマナイフは①に分類され、サイバーナイフは②に分類されています。

定位手術的照射であるガンマナイフは頭蓋内の腫瘍や血管奇形などの治療に用いられるもので、その構造は約200個のコバルト(Co60)線源が半円球状に配列され、ガンマ線が一点に集中するようになっています。(図1)これにより、一つ一つの放射線のビームが貫通する周辺正常脳組織への影響を最小限に抑え、中心部にある病変に対しては通常の放射線治療で用いられるよりも、極めて高い線量の放射線を一回で照射することが可能となっています。

一方、定位放射線治療であるサイバーナイフは頭蓋内のみならず頭頸部や体幹部の腫瘍の治療に用いられます。

サイバ-ナイフは精密に放射線を照射できる最新鋭器で1992年、アメリカで開発され、そのロボットアームの動きは、巡航ミサイルが動く標的を追跡して撃ち落とす軍事技術を応用しており、照射の誤差は1ミリ以内と精度が高くメスのような鋭い切れ味の「電脳ナイフ」が名前の由来です。

通常の放射線では、腫瘍だけでなく正常な細胞も破壊するが、サイバーナイフは患部のみに放射線を照射することができます。このため周囲正常組織への障害を抑制することが可能となります。また、「病変追尾システム」により、コンピューターが常に患者の位置を認識し、1cm以内の動きであれば病変を追尾し治療できることから、ガンマナイフの照射の際に必要な頭の固定用の侵襲的なフレームも不要となり、頭部の強固な固定がなくても、高精度の放射線治療ができます。また、最大1200方向から照射でき、誤差1ミリ以内で病変部の形状に一致した安全な照射が治療が可能となっています。サイバーナイフによるがん治療では、通常の放射線治療に比べ、長期の入院や通院が不要で痛みはなく、体に大きな負担をかけることはありません。また、正確な照射が行えるため通常の放射線の外照射治療を行った後の再発症例に対しても追加して照射することが可能です。(図2)

 

2.重粒子線治療

がんの治療に用いられている放射線にはX線、ガンマ線、電子線、陽子線、重粒子線があります。

X線、ガンマ線は電磁波であり物質の性質を持っておらず、一定の速度(光速)を持っています。それに対して電子線、陽子線や重粒子線は粒子線であり速度は一定でなく、治療の際には加速器(シンクロトン、サイクロトン)を用いて加速する必要があり、巨大な施設が必要となります。(図4)加速するとエネルギーが高くなり、エネルギーを高くなると深部の線量が高くなり表面線量が低くなるようになり、(図5)このことから体内の深い位置にあるがんの治療に適していると言われています。

前述のガンマナイフやサイバーナイフはガンマ線やX線を用いて治療するのに対し、重粒子線治療はこの粒子線を用いるものです。

 

X線やガンマ線で治療効果の得られないがん症例には治療効果の大きい放射線を用いることが必要となります。重粒子線は治療効果が大きいことからこのような症例に用いられることも多く、また、前述したように重粒子線はX線やガンマ線に比べて体表面での線量は低く、深部での線量が高く、さらに周辺正常組織をあまり障害することなくがん病巣のみへ高線量を集中させる事ができることから深部のがんの治療に適しています。このため肺がんや肝がん、骨腫瘍などに有効とされています。また、頭頸部がんにも用いられ高い奏功率が認められています。4)

3.放射線性口内炎

口腔がんの放射線治療で一番問題となる有害事象が口内炎です。(写真3参照)予定照射線量(60~70Gy)の約3分の1程度(20~30Gy)から生じ、重篤になると放射線治療を中断せざるをえなくなることもあり、効果的な放射線治療の妨げとなっています。したがって口内炎の重篤化の予防が口腔がんや頭頸部がんにおける放射線治療成績の向上に不可欠な要因となっている。

放射線照射によるがん細胞への効果は直接的あるいは照射によって生じた活性酸素によって間接的に分裂速度の大きいがん細胞のDNAを損傷することでもたらされます。この効果が分裂速度の速い正常口腔粘膜にも作用するため口内炎が生じることになります。さらに、放射線治療で唾液腺が障害されると、唾液の分泌が低下し口腔乾燥状態となり口内炎が増悪することとなります。  口内炎への対処法としてはまず口腔粘膜を保護することが大切です。従って粘膜保護剤による含嗽で悪化を抑制することが必要です。粘膜保護剤には以下のようなものがあります。

(1)食塩水 :1日7~8回含嗽。粘膜の刺激が少なく含嗽できます。

(2)アズレン: 1日7~8回含嗽。粘膜保護、創部治癒促進作用があるが消毒作用はありません。

(3)水酸化アルミニウムゲル(マーロックス):含嗽します。粘膜親和性が高い液状のコーティング剤で、胃粘膜保護剤ですが含嗽に用いると口腔粘膜保護効果があります。

(4)アイスボール:1日7~8回口に含んでなめまする。水氷皿に入れ冷凍庫で氷玉つくります。

粘膜再生効果のある薬剤(エレース)を混ぜて使用することもあります。

(5) ハチアズレ・グリセリン・キシロカイン: 口腔内に含み含嗽します。

(6)アロプリノール:1日7~8回含嗽。もともとは痛風を抑えるための薬剤(商品名ザイロリック)ですが同時に放射線照射によって発生するフリーラジカルをも消去し、この作用で口内炎を抑制します。

その他、口内炎の二次感染がある場合には抗菌薬の投与を行います。さらに口内炎が悪化すると疼痛管理が必要となってきます。この場合は鎮痛薬の使用を考えなくてはなりません。鎮痛薬としてはNSAIDsを使用しますが疼痛が激しい場合はモルヒネなど麻薬系の鎮痛薬も使用されます。また栄養管理も重要です。栄養管理による全身状態の改善は治癒力や免疫力を向上させることで口内炎の回復にも効果があります。

 

4.放射線性骨壊死

口腔がんの放射線治療では必然的に顎骨へも放射線が照射されることになりこれよって2次的に引き起こされる有害事象に放射線性骨壊死があります。(写真4参照)

放射線性骨壊死は放射線照射を受けた骨組織で腫瘍の残存や再発が認められないにもかかわらず継続的に顎骨が露出している状態をいいます。口腔粘膜の欠損と、顎骨の露出、2次的感染による瘻孔形成、排膿が特徴的な所見です。

原因としては放射線治療後に骨におこる低酸素状態(虚血)と骨組織の線維化であり、これに外傷、感染、歯の疾患、義歯や口腔清掃状態などの局所状態,アルコール,タバコなどの嗜好品など様々な要因が影響して発症します。4)この中でも歯の疾患が最大の誘発因子と考えられ、特に抜歯に関しては治療後何年経過しても、抜歯による放射線性骨壊死誘発のリスクは残ります。従って抜歯に際しては問診よって頭頸部領域のがんの既往を確認し、既往のある患者に対しては放射線治療の有無と照射範囲を確認することは忘れてはなりません。そのうえで顎骨への放射線照射が確認された場合、抜歯は禁忌であり、やむを得ず抜歯する場合には高次医療機関での対応が必要となると思います。

放射線性顎骨壊死を発症した場合は以下のような治療があります。

(1)手術療法

感染骨質の外科的掻爬除去を行います。場合に寄っては顎骨離断も必要となることがあります。歯牙が原因であれば歯牙の根管治療、歯周治療、抜歯も必要です。

(2)薬物療法

症状・状態により抗生剤を投与します。主に使用する薬剤としては、ペニシリン系、セフェム系の他、クリンダマイシン、14員環マクロライド系、ニューキノロン系が用いられることもあります。

(3)局所洗浄療法

手術療法の後療法として用いることも多いです。

(4)高圧酸素療法

大気圧よりも高い気圧環境の中に患者を収容し、高濃度酸素を吸入させることにより病態の改善を図ろうとする治療です。体内(血液中)の酸素量を増加させ、病的骨髄への血流循環が改善することを期待します。ただし、血流のない感染骨質が存在する場合は、高圧酸素療法を行っても効果が期待できない事があり、適応についてはケースバイケースです。

 

参考文献

1) Leksell L:The stereotactic method and radiosurgery of the brain. Acta Chir Scand

102:316、1951

2) Kubicek, G.J., Hall, W.A.,et al.:Long-Term Follow-Up of Trigeminal Neuralgia Treatment Using a Linear Accelerator. Stereotact Funct Neurosurg 82 :244-249 2004.

3) 溝 江 純 悦:重粒子線治療.頭 頸 部腫 瘍21(3)591-595, 1995

4) 野 谷 健 一 他:当科の放射線性骨壊死症例の検討ー特に照射方法と重症度についてー.日本口腔外科学会雑誌38(6).965-962 1992

 

 

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