口腔癌の予防法

1.はじめに

わが国における口腔癌罹患者1975年には2,100人であったが、2005年には6,900人、2015年には7,800人になると予測されている。これは高齢化社会の到来とともに、罹患者数は増加しつつあります。罹患率は民族、国、地域、生活様式ならびに習慣などにより異なるが、徐々に癌の原因やハイリスク集団が明らかにされつつあり、現在では、癌は生活習慣病の一つに位置づけられています。

1996年のハーバード大学のがん予防センターの報告1)によると、アメリカ人のがん死亡原因として、食生活の改善により予防できるがん死亡の割合を35%、禁煙により予防可能な割合を30%(25~40%)と推計しています。さらに、ウイルスや細菌などの感染が10%以上(少なくても1%)、生殖要因、性行為7%(1~13%)、職業4%(2~8%)、飲酒3%(2~4%)、自然放射線や紫外線などの地球物理環境3%(2~4%)、大気や水質などの汚染2%(1%未満~5%)、医薬品、医療行為1%(0.5~3%)、食品添加物と産業生産物をおのおの1%と続きます(表1)。喫煙、食事、運動、飲酒という代表的な生活習慣要因が68%を占める一方、他の多くの要因も努力次第で改善することが可能なものです。

口腔癌においてもその要素は大きく、喫煙や飲酒、歯や義歯の鋭縁による慢性刺激、食事などによる化学的刺激、炎症による口腔粘膜の障害、ウイルス感染、加齢などの生活習慣要因が大きく関与していると考えられています。

 

2.口腔癌と喫煙

1)発癌物質

喫煙は、肺癌をはじめとするさまざまながんの原因であることがわかっています。喫煙は口腔癌における最大の危険因子と考えられており2), 3)、喫煙本数、喫煙期間、喫煙開始年齢等との関連では、トータルの喫煙量が多くなればなるほど、リスクが高くなることが示されています。その指標としてブリンクマン指数(Brinkman Index: BI)があり、この値が400を超えると癌になりやすい状態となり、600を超えると高リスク群となります4)。逆に、禁煙期間が長ければ長くなるほどリスクが低下します。

* 「ブリンクマン指数」=「1日の喫煙本数」×「喫煙年数」

例) 1日に20本吸っていて、喫煙年数が30年間の人なら、

20 × 30 = 600

 

2)喫煙と発癌の仕組み

たばこの煙には約4,000種類の化学物質が含まれており、その中にはニトロソ化合物、多環芳香族炭化水素、芳香族アミン、アセトアルデヒド、砒素(ひそ)等、約60種類の発癌性化学物質が含まれています。その影響を受けるのは、たばこの煙の経路となる喉、気管支、肺等、呼吸器系の臓器だけではなく、血流に乗って運ばれ、あらゆる臓器に影響が及びます。

発癌物質の多くは、体内の酵素で活性化された後、DNAと結合をして、DNA複製の際に遺伝子の変異を引き起こします。こうした遺伝子の変異が、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNA修復遺伝子などにいくつか蓄積することによって、細胞が癌化すると考えられています。しかし、各個人において遺伝子多型(SNP)を認めることから、喫煙に対する発癌リスクが各個人で異なると考えられています5), 6)

 

3)たばこ関連悪性腫瘍

2002年、世界保健機関(WHO)の国際がん研究機構(IARC)による「たばこ喫煙」のヒト発性評価に関する報告書では、喫煙は口腔、咽頭、鼻腔・副鼻腔、喉頭、肺、食道、胃、肝臓、膵臓、腎細胞、腎盂、膀胱、子宮頸部、骨髄性白血病で発癌性があると報告されました。

また、喫煙とたばこ煙のヒトに対する発癌性、最も強い「グループ1:ヒトに対して発癌性がある」と判定されています(表2)。

多くの癌で、喫煙年数が長いほど、1日の喫煙本数が多いほど、また喫煙開始年齢が若いほど、がんのリスクがんになる、またはがんで死亡する危険性が高くなります。

紙巻きたばこ以外のたばこ(葉巻やパイプ、または葉たばこで豆などをくるんでかむたばこなど)が用いられている国での研究報告によっても、口腔癌や咽頭癌とたばことの因果関係が示されています。特に南アジア諸国では全癌の約30%を口腔癌が占めており、噛みたばこの習慣が大きいとされています7), 8)

 

4)喫煙と発癌の割合

喫煙は、さまざまながんの原因の中で、予防可能な最大の原因です。日本の研究では、がんの死亡のうち、男性で40%、女性で5%は喫煙が原因だと考えられています。

また、厚生労働省研究班による多目的コホート研究では、喫煙者が何らかのがんになるリスクは、非喫煙者に比べ男性で1.6倍、女性で1.5倍高くなっています。以前たばこを吸っていたけれどもやめた人では、男性で1.4倍、女性で1.5倍高くなっています。

日本における喫煙によるがん死亡の相対リスク*は、男性で2.0倍、女性で1.6倍でした。これは、たばこを吸う人の癌で死亡するリスクが、吸わない人に比べて男性で2倍、女性で1.6倍であることを意味します。

がん種別にみると、男性では喉頭癌、尿路癌(膀胱・腎盂・尿管)、肺癌で5倍前後と高く、女性では肺癌で4倍、子宮頸癌、口唇・口腔・咽頭癌で2倍以上と高くなっています(表3)。男性の相対リスクが女性に比べて高いのは、同じ喫煙者でも男性のほうが喫煙本数が多く喫煙年数が長いためであると考えられます。

*相対リスク:

喫煙によって癌のリスク(がんになる、または癌で死亡する危険性)がどれくらい上昇するかは、「相対リスク」という数値で表現されます。これは、たばこを吸わない人を1として、たばこを吸っている人のがんのリスクが何倍になるかを表します。

5)禁煙の効果

たばこを吸い続けた人より禁煙した人のほうがリスクが低い癌として、口腔癌、食道癌(扁平上皮癌)、胃癌、肺癌、喉頭癌、膀胱癌、子宮頸癌(扁平上皮癌)があります。膵臓癌、腎細胞癌についても研究報告は少ないものの、禁煙した人は喫煙継続者よりがんのリスクが低いとされています。

これらほとんどの癌で、禁煙してからの期間が長くなるほどリスクが低くなります。禁煙する年齢が若いほど禁煙の効果は大きくなり、何歳で禁煙をしてもリスクは下がります。癌の予防のためには、たばこを吸わないことが最も重要です。現在たばこを吸っている人も、禁煙することによってさまざまながんのリスクを下げることができます(表4)

3.口腔癌と食生活

1)食習慣とがんの関連

食事と肥満は、がんの原因の30%を占めています。このことは、食習慣の改善ががん予防につながることを示します。ただし今の時点では、食品や栄養素レベルでの関連はまだ詳しく解明されていません。

2003年に世界保健機関(WHO)と食糧農業機関(FAO)が各国の専門家を集めて評価を行った結果、「関連が確実」と判定された項目は、運動で結腸がんのリスクが低くなること、過体重と肥満で食道(腺がん)、結腸、直腸、乳房(閉経後)、子宮体部、腎臓の各がんのリスクが高くなること、飲酒で口腔、咽頭、喉頭、食道、肝臓、乳房の各がんのリスクが高くなることでした。

また、特殊な食品では、中国式塩蔵魚(ちゅうごくしきえんぞうぎょ)で鼻咽頭がんのリスクが高くなることが「確実」と判定されました。

「おそらく関連が確実」と判定された項目は、野菜と果物で口腔、食道、胃、結腸、直腸の各がんのリスクが低くなること、運動で乳がんのリスクが低くなること、貯蔵肉で結腸と直腸のがんのリスクが高くなること、塩蔵品および食塩で胃がんのリスクが高くなること、そして熱い飲食物で口腔、咽頭、食道のがんのリスクが高くなることがあります(表5)。

2)飲酒

アルコール自体には発がん性はありませんが、間接的に関与するとされています。アルコールの代謝産物であるアセトアルデヒドに発がん性があるとの報告があります9)。アルコールの通過経路である口腔、咽頭、食道等の上部消化管でもアルコールが分解され、生じたアセトアルデヒドが蓄積することにより発癌するとの報告もあります10)。アセトアルデヒド分解酵素2(ALDH2)遺伝子に遺伝的多型(SNP)が認められることから、飲酒により発がんに個人差があるとの報告もあり11)、飲酒も口腔癌の危険因子と考えられています。

また、飲酒と喫煙は口腔癌の発生に相乗的に作用し、アルコールはたばこ中に含まれる発がん物質の溶媒として働くと考えられています。よって、喫煙者に限っては飲酒量が増すほどがん全体のリスクが高くなるという相互作用が観察されています。

飲酒の指標として、Sake指数(Sake index: SI)があり、この値が40を超えると重複癌のリスクが高くなり、60を超えると高リスク群になるとされています12) 13)

*Sake指数 = 1日の日本酒換算合数 × 飲酒年数

例)1日2合 × 30年 = 60

 

3)野菜と果物

野菜と果物については、カロテン、葉酸、ビタミン、イソチオシアネート等さまざまな成分が、体内で発がん物質を解毒する酵素の活性を高める、あるいは生体内で発生した活性酸素などを消去するなどのメカニズムが考えられます。

野菜や果物と、食道、胃、大腸など消化管のがんのリスクが低くなることは、「おそらく関連が確実」とされています。しかし、たくさん食べれば食べるほどがんの予防効果があるというデータは、ありません。

2007年に、世界がん研究基金(WCRF)と米国がん研究協会(AICR)による同様の評価報告書「食物・栄養・身体活動とがん予防」が、10年ぶりに改訂されました。その中では牛・豚・羊などの赤肉・加工肉について大腸がんのリスクを“確実”に上げるとし、また、いくつかの食品や栄養素について“可能性大”と判定するなど、より多くのリスクおよび予防要因について考察されています(表6)。

現状では、野菜や果物不足にならないことが、がんを予防するために大切なことだといえます。

4.口腔癌と持続感染(ウイルス、細菌、寄生虫)

 2003年の国際がん研究機構(IARC)の報告によれば、全世界でウイルスや細菌等の持続感染が原因で発生するがんの割合は、18%程度と推計されています(表7)。このような感染に起因するがんは、先進国全体では9%と比較的低いのに対し、発展途上国では23%となっています。  また、日本については胃がんや肝がんが多いため、感染に起因するがんは20%と、先進国の中では高いほうです 。

持続感染によるがんは、口腔癌においてはヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)が発がん関与するとの報告があり、頭頸部癌患者の35%がHPVのキャリアであったとの報告もある14)

その他、B型肝炎ウイルス(HBV)、C型の肝炎ウイルス(HCV)による肝がん、ヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)による子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ菌(Hp)による胃がんがその大半を占めています。また、EBウイルスによる悪性リンパ腫や鼻咽頭がん、ビルハルツ住血吸虫による膀胱がん、タイ肝吸虫による肝がん、ヒトT細胞性白血病ウイルスによる 白血病、悪性リンパ腫等があります。発がんのメカニズム、持続感染者の発がんリスクは、感染体やそのタイプによってさまざまです。

予防策としては、ワクチン投与による感染予防(HBV)、感染者への投薬による感染体の駆除(HCV、Hp、住血吸虫)、あるいは抗炎症薬による対症療法等があげられます。また、がん死亡を減少させるために、症状のない持続感染者の洗い出しや、定期検診による早期病変の検出と治療が行われています。

5.口腔癌と慢性刺激

慢性の刺激として傾斜歯、齲歯、不良補綴物、不適合義歯などが挙げられます。これらがDNA修復能に異常をもたらし発がんするとされていますが、不適合義歯そのものは口腔癌の直接的な原因にはならないとする意見もあります15)

また、口腔領域では歯肉炎や慢性炎症により、炎症性サイトカインが炎症性細胞の浸潤によりDNA損傷や細胞増殖因子を供給することで、発がんや腫瘍の増大や浸潤に関与するとの報告もあります16)

臨床現場の立場からすると、舌がんにおける不良補綴物の存在や、歯肉がんにおける不適合義歯の存在や口腔清掃不良な状態を多く認めるため、このような慢性刺激は除去すべきだと考えます。

 

6.口腔癌の予防

がんを予防する手段としては、禁煙や食事改善など生活習慣改善によるものに加えて、ビタミン剤や薬剤等を積極的に服用することによる化学予防 (Chemoprevention)が考えられます。化学予防の対象としては、がんになる確率の高いハイリスク・グループとなりますが、現時点で有用なデータはありません。

 

口腔がん

口腔がんの確立したリスク要因は、喫煙と飲酒とされています。全口腔がんの80%は喫煙習慣が原因で、たばこ対策により口腔がんが劇的に減少することが示されています。飲酒も単独で、また喫煙と相乗的に作用して口腔がんのリスクを高くするという根拠は、十分あるとされています。さらに、熱い飲食物もおそらく確実にリスクを高くします。

一方、野菜や果物、中でも新鮮な果物の予防効果は、おそらく確実とされています。これらの食物に豊富に含まれるビタミンC、E、β-カロテン等の栄養素不足や、ヒトパピローマウイルス(Human Papillomavirus:HPV)との関連を示す研究もあります。

 

7.まとめー現時点での口腔がんに対する科学的根拠に基づいたがん予防法—

1)禁煙

・たばこを吸っている人は禁煙をしましょう。

・また、吸わない人も他人のたばこの煙をできるだけ避けましょう。

 

2)節度のある飲酒

・飲む場合は、1日あたりアルコール量に換算して約23グラム程度までにしましょう。

(日本酒なら1合、ビールなら大瓶1本、焼酎や泡盛なら1合の2/3、ウイスキーやブランデーならダブル1杯、ワインならボトル1/3程度)

・健康日本21では、約20グラムまでを勧めています。

 

3)バランスのよい食生活

  • 食塩摂取は最小限にしましょう。(1日あたり男性9g、女性7.5g)
  • 野菜や果物不足にならないようにしましょう。(1日400g)
  • 飲食物を熱い状態でとらないようにしましょう。

 

4)口腔内環境の改善

  •  齲歯や歯周病を治療し、口腔内清掃を改善しましょう。 
  • 不良補綴物や不適合義歯の修理、および欠損歯への補綴物製作しましょう。
  • 歯牙等における鋭利部は削合し、傾斜歯の抜歯をしましょう。

 

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