上顎全欠損・無歯顎(40歳代 女性)
他院で骨が足りないのでインプラント治療はできないと言われて当クリニックを受診した。All on 4は入れ歯をネジで固定する形になり、どこかが欠けるなどのトラブルがあったときに修理するのが大変であること、清掃性の問題などから、よく相談し選択しないこととした。
口腔内には総義歯(金属床)が装着されていた。左側の中切歯は残根状態でかつ根尖性歯周病が存在していた。上顎洞までの骨の高さがなく、骨幅も十分ではないもののサイナスリフト(上顎洞への骨造成)やエクスパンジョン(骨を広げる処置)などを行えば、インプラント治療もできることを説明した。
患者さんは、術後7か月で固定性の上部構造がブリッジとしてインプラント補綴ができ、審美ならびに咀嚼機能の回復ができ、喜んで頂けた。英語をしゃべる職業であり、前歯部からの息の漏れを最小限にするなど補綴学的にも苦労したが、英語の発音も問題なくその点でも喜んでいただいている。
LANDmarker(iCAT)にてシミュレーションを実施した。
既存の総義歯のコピーを採り、CT撮影用テンプレートとした。そのテンプレートと粘膜模型をLANDmarker(iCAT)に取り込み、既存骨・上部構造とのバランスを考えて埋入位置を計画。
CT撮影用テンプレートの表示をON/OFFできるので、現在の口腔内の状況も診ながら診断ができる。
右側第1大臼歯、第1小臼歯、犬歯、側切歯(16番、14番、13番、12番)のCT画像。
16番部は骨が足りないため、サイナスリフトを行うこととした。他部位は骨幅の問題があり、エクスパンジョンで対応した。
CT画像上にもLANDmarker(iCAT)に取り込んだCT撮影テンプレートの形状が見えるので、そのラインも参考に埋入位置を検討した。
左側側切歯、犬歯、第1小臼歯、第1大臼歯(22番、23番、24番、26番)のCT画像。
骨幅がなくすべての部位でエクスパンジョンを行うこととした。
Landmark Guide(iCAT)のマルチガイドを用い、2mm用のドリルキーを装着した時の口腔内所見。固定用のピンを打つことでより位置のずれを少なくすることができる。
Landmark Guide(iCAT)のマルチガイドを用い、2mmのドリリングを行っている。上顎は右側でサイナスリフトを含めて合計8本のインプラントの埋入を行った。切開線を適切に設定するために、2mmのドリルで歯肉を穿孔させた。
2mmドリリングによる歯肉の穿孔における歯槽提粘膜へのインプラント埋入位置の印記。同部に切開線を持ってくれば適切な部位に切開線を設定することができる。
右側の歯肉粘膜切開。2mmドリリングによる歯肉の穿孔部を結ぶように切開を行う。
右側の粘膜骨膜弁の剥離。骨面をこするように行うことで容易に剥離できる。
右側のサイナスリフト部位における上顎洞骨壁の開窓。ピエゾサージェリー(メクトロン社製)により開窓を行っている。
上顎洞側壁の窓開け。シュナイダー膜(上顎洞粘膜)が観察される。
上顎洞側壁の骨窓形成後、その開窓骨を上顎洞粘膜とともに洞内に織り込んでサイナスリフトの上端を骨とするためにサイナスリフト専用の剥離子で挙上していく。洞粘膜を傷つけないためには骨を擦るように、粘膜を骨面から剥離していくことが重要になる。
挙上した洞粘膜と上顎洞の側壁の骨で作成したサイナスリフトによる天井部分の骨がインプラント埋入のドリルで傷つかないように、コラーゲン・HA複合体でスポンジ状の人工骨であるリフィット(京セラ)を挿入して粘膜を上方でささえる柱とする。
骨片(上顎洞側壁)と粘膜がスポンジ状の人工骨により、上方にある程度固定されているのでドリリングを容易に行える。ドリルは洞底を穿孔するまで行う。
インプラントの埋入時。
埋入サイズは、FINESIA Bone Level HA Tapered type(京セラ)直径4.2mm/長さ10mmである。直視下での埋入であり、適切な深さでの埋入が可能になる。
現在であれば、ガイドを用いて行う手技であるがこの時点ではフリーハンドにて行っている。
インプラントの埋入後。トルクは25N/cmであったが、頬側の骨の一部が破損しており、人工骨での補填がいずれにしても必要になる。
この症例では、全顎的に歯周病による骨吸収で幅、高さともに少ないため2回法で行う予定であったため、ワイドのカバースクリューを付け、骨造成で対応した。
サイナスリフト部の埋入インプラントにワイドのカバースクリューを付けた。ワイドのタイプを使用することで上顎洞内へのインプラント体迷入を防ぐ事が出来る。
インプラントの埋入後。頬側の骨を、人工骨:アパセラムAX(京セラ)とアローボーンβ250μm~1000μm(ブレーンベース)を混合して上顎洞に補填し、表層部はリフィット(京セラ)にて補填した。
表層部のリフィット(京セラ)による補填。血流を考えてコラーゲンとアパタイトの複合体を置くことで内部の顆粒状の骨の溢出を防ぐこともできると考えている。同部の骨膜は問題なく保存されている。
他部位の埋入では、骨幅が狭いため直径3.4mm/長さ8mmのインプラント埋入であってもエクスパンジョンテクニックが必要であった。
BOSボーンスプレッダー(京セラ)を用いて、エクスパンジョンを行っている時の所見である。
右側第2小臼歯(#14)部へインプラント埋入を行う。
埋入サイズは、FINESIA Bone Level HA Tapered type(京セラ)直径3.4mm/長さ8mmである。
この時点ではLandmark Guide(iCAT)のマルチガイドによる3.0mmのドリリング窩に沿って埋入しているが、現在ではサージカルガイドを装着して埋入するため、さらに精度が増している。
右側第1小臼歯(#14)部へ直径3.4mm/長さ8mmのインプラント埋入時。切開を行い、粘膜骨膜弁を作成することで深度の調節を直視下でできる。
右側犬歯(#13)部への直径3.4mm/長さ8mmのインプラント埋入。
右側側切歯(#12)部への直径3.4mm/長さ8mmのインプラント埋入。
右側上顎部(#16,14,13,12)部への直径4.2mm/10mm(#16サイナスリフト)3.4mm/長さ8mm(#14,13,12)のインプラント埋入。
埋入トルクは、#16:25N/cm,#14:35N/cm,#13:30N/cm,#12:35N/cmであった。
右側上顎部#16,14,13,12部インプラント埋入後の粘膜縫合。このような場合に連続縫合を行うことで手術時間の短縮が図れる。
右側上顎部#16,14,13,12部インプラント埋入後の粘膜縫合後の所見。
左側上顎部#22,23,24,26部インプラント埋入のための粘膜切開と粘膜骨膜弁の作成。
Landmark Guide(iCAT)のマルチガイドを用い、2mmのドリリングを行う。上顎は左側でも4本を計画している。2mmのドリルのためのドリルキーを装着したところである。
Landmark Guide(iCAT)のマルチガイドを用い、2mmのドリリングを行っている。上顎は左側でも4本を計画している。
左側上顎への4本のインプラント埋入でも骨幅は十分ではなく、BOSボーンスプレッダー(京セラ)を用いてエクスパンジョンを行い、直径3.4mm/長さ8mmを埋入する計画とした。
左側上顎側切歯(#22)部にインプラント埋入を行っている。
埋入サイズは、FINESIA Bone Level HA Tapered type(京セラ)直径3.4mm/長さ8mm。埋入トルクは35N/cmであった。
左側第1小臼歯(#24)部にインプラント埋入を行う。
埋入サイズは、FINESIA Bone Level HA Tapered type(京セラ)直径3.4mm/長さ8mm。埋入トルクは30N/cmであった。
左側第1大臼歯(#26)部にインプラント埋入を行う。
埋入サイズは、FINESIA Bone Level HA Tapered type(京セラ)直径3.4mm/長さ10mm。埋入トルク25N/cmであった。
左側上顎(#22,23,24)部へ直径3.4mm/長さ8mm、26部へ直径3.4mm/長さ10mmを埋入した。埋入トルクは、#22:35N/cm,#23:30N/cm,#24:30N/cm,#26:25N/cmであった。
両側上顎ンプラント埋入後の粘膜縫合後の所見。
手術内容:#16,14,13,12,22,23,24,26インプラント埋入術
#16:25N/cm,#14:35N/cm,#13:30N/cm,#12:35N/cm
#22:35N/cm,#23:30N/cm,#24:30N/cm,#26:25N/cm
麻酔:静脈鎮静下・モニター下 局所麻酔2%キシロカイン(1/80,000Epi) 9.4ml
手術時間:1時間54分
埋入後、パノラマX-Pにて状況の確認を行った。予定された部位に埋入されている。
印象採取時の確認Dental X-P(右側)
印象採取時の確認Dental X-P(左側)
最終補綴物装着時の確認Dental X-P
歯科技工所の中田デンタルのコメント
発音、形態,清掃性とクリアすべき項目が多かったためプロビ製作から行なうことを提案。
上顎前歯部の骨吸収が著しくオーバージェットがかなり大きく、清掃性が良くリップサポートも得られるよう歯根部から歯冠にかけてのスムーズな立ち上がりとなるよう形態付与に苦労した。
前歯部アンテリアガイダンスは発音を気にされていて要望もありできるだけ隙間が無いようにプロビを製作し、それを基にCADCAMにてスキャンし適切なジルコニアフレーム設計を行なった。
歯冠長が長いためガム陶材の選択もあったが、患者様のスマイルラインから歯肉が見えなかったので歯根色で仕上げた。
インプラント設計においては、ジルコニアフレームと接着するためのチタンベースはS-WAVEカスタムアバットメントセミオーダータイプ(松風)を選択した。しかし、チタンベースが短く維持に不安があり接着力を強固にするためジルコニアフレームの内面にセラミックを一層焼き付けシランカップリング処理を行うことにより接着力の向上を期待しセメンティングを行った。
サイナスリフトも応用した症例ではあり、ALL on 4を行わず、ブリッジによってインプラント治療が行えている。若い女性であり、英語をしゃべることを職業としてるため、審美・咀嚼機能のほかに会話、発音機能に関しても満足が得られる結果が得られた。患者さんも非常に満足していただけた。
最終補綴物装着時の口腔内所見
他院では、骨がなく、インプラントはできないといわれたことで患者さん自身がすごく悩んでおられた。別の他院では大規模な骨移植を言われ、そこまではしたくないということで患者さん自身も今回の治療にすごく満足されていた。術後は良く噛めて機能面も十分に回復でき、英語の発音も問題ないことから、患者さん自身も非常に喜ばれていました。