超音波骨切削機器と内視鏡がもたらす歯科口腔外科の低侵襲治療

超音波骨切削機器と内視鏡がもたらす歯科口腔外科の低侵襲治療

Minimally invasive Oral & Maxillofacial surgery with ultrasound bone cutting equipment and endoscopy

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内視鏡下手術は、入院期間の短縮、出血量の低減など患者にとって低侵襲の手術であることから、医科領域では呼吸器外科、消化器外科、泌尿器科、耳鼻咽喉科など多数の分野の手術に応用されている。しかし、内視鏡下での手術野は特殊な器具を用いて行う手術であり、手術に伴う医療事故も報道されており、その手術には高度な技術と経験が要求される(式守道夫. 内視鏡を応用した口腔疾患治療について. 岐歯学誌. 2007; 33(3): 182-184.)。

歯科あるいは口腔外科領域も例外ではなく、顎下腺唾石摘出術、顎骨骨折における観血的整復固定術、顎関節疾患の治療上顎洞内異物除去、顎変形症手術(内視鏡補助)などにおいては、すでに内視鏡手術が応用されており、低侵襲で安全な手術手技が確立されつつある中山英二, 阿津俊幸, 他. 内視鏡下唾石摘出術のためのSialendoscopyの開発とそれを使用した1例. 口科誌. 2004; 53: 81-86、Schon R., Gutwald R., et al. Endoscopy-assisted open treatment of condylar fracture of the mandible: extraoral vs intraoral approach. Int J Oral and Maxillofac Surg. 2002; 31: 237-243.,Sembronio S., Albiero AM., et al. Intraoral endoscopically assisted treatment of temporomandibular joint ankylosis. Oral Surg Oral Med Oral Pathol Oral Radiol Endod. 2007; 104: e7-e10

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硬性内視鏡(HOPKINS®Ⅱ Telescopes; Karl Storz社)

一方で、超音波骨切削機器(ピエゾサージェリー®;mectron社)は、軟組織を損傷することなく硬組織の切削が可能であることから、神経周囲の骨切削などに脳神経外科領域や整形外科領域で使用されている。近年、歯科口腔外科領域においても、顎変形症における上顎骨Le FortⅠ型骨切り術、インプラント治療における顎骨採取やサイナスフロアエレベーションなどに使用され、その有用性が報告されている(Landes CA., Stubinger S., et al. Critical evaluation of piezoelectric osteotomy in orthognathic surgery: operative technique, blood loss, time requirement, nerve and vessel integrity. J Oral Maxillofac Surg. 2008; 66: 657-676.,Happe A. Use of a piezoelectric surgical device to harvest bone grafts from the mandibular ramus report of 40 cases. Int J Periodontics Restorative Dent. 2007; 27: 241-249.,Vercelloti T., Nevins ML., et al. Osseous response following resective therapy with piezosurgery. Int J Periodontics Restorative Dent. 2005; 25: 543-549)。

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ピエゾサージェリー®(Piezosurgery®; mectron社)

Vercellottiらは、イヌの顎骨を用いて外科的骨切除術および骨整形術後の創傷治癒の速度を比較した際に、カーバイトバーあるいはダイヤモンドバー群と比較し、ピエゾサージェリー群は良好な骨修復とリモデリングが得られ、骨切除術や骨整形術に使用する上で臨床的に有用であると述べている。

これらの報告からも、ピエゾサージェリーは正確な骨の切削と軟組織への低侵襲性を示すものであり、狭い術野で行う口腔外科領域の低侵襲治療においても不可欠なものとなっている。

近年の社会的背景から、入院期間の短縮や術後の早期社会復帰、歯の温存が望まれている。口腔外科領域で行われている低侵襲手術のトピックとして、ピエゾサージェリーと内視鏡支援下手術について記す。


ピエゾサージェリーとバー、マイクロソーを使用して骨切削した際における、組織像の違い。

endoscopic-surgery_img04ピエゾサージェリーによる切削

endoscopic-surgery_img05マイクロソーによる切削

endoscopic-surgery_img06バーによる切削


低侵襲治療の現状

1.顎下腺唾石摘出術

通常、唾石症の手術治療において顎下腺の唾液腺開口部や腺管内唾石であれば、口内法による摘出が可能であるが、顎下腺移行部や腺体内の唾石については、口腔外アプローチ(顎下腺摘出術に準じた)による顎下部皮膚切開により唾液腺管に直接アプローチする方法や、顎下腺全摘出がこれまで選択されている。

しかし、唾液腺の治療において、より低侵襲かつ短期入院の手術が望まれており、特に唾石症、唾液腺管の異常、狭窄・拡張などの診断、治療に対して唾液腺管内視鏡(sialendoscope)の応用が広まりつつある。

唾液腺管内視鏡の開発と応用はMarchalとNahlieliらの報告にはじまり、その後唾液腺管内視鏡自体の機器も改良が加えられ、その有用性について症例報告が散見されるようになってきたが、未だ国内での認可に時間がかかることから、積極的に導入し手術を施行している施設も少ない(Marchal F. Dulguerov P., et al. Sialendoscopy. N Engl J Med. 1999; 341: 1242-1243., Nahlieli O., Baruchin AM. J Oral Maxillofac Surg. 1997; 55: 912-920)。

唾液腺管内視鏡の対象となる疾患は、顎下腺の管内唾石および移行部唾石がその適応となり、腺体内唾石の摘出は適応外である。また、内視鏡で摘出可能な唾石の大きさは約3-5㎜までとされ、それ以上のものは適応とならない(Marchal F., Dulguerov P. Arch Otolaryngol Head Neck Surg. 2003; 129: 951-956)。なかには、泌尿器科で使用するレーザーによる粉砕で摘出する施設もあるが、その国内での適応がなく、各施設での倫理審査委員会での承認が必要である(松延 毅, 栗田昭宏, 他. 唾液腺管内視鏡を用いた唾石の新しい治療法. 口咽科. 2009; 22(2): 191-197)。

前述の通り、現在、顎下腺唾石症に対しての治療法は口腔内アプローチが基本であるが、舌神経の障害や、術後に唾液腺管の狭窄、ガマ腫などの問題が生じる可能性がある。また、口腔外アプローチによる皮膚の醜形や顔面神経の下顎縁枝の損傷などの問題が生じる可能性がある。その点唾液腺管内視鏡手術では、リスクを軽減するだけでなく、口腔内の切開もわずかであるため、術後の疼痛・腫脹も少なく、顎下部皮膚切開を回避する方法として、今後可能性をもった、低侵襲手術を可能とするツールになると考えられる。

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2.サイナスフロアエレベーション

近年、インプラントの適応拡大や審美的、機能的な補綴治療への期待が飛躍的に高まりつつあることがあげられ、補綴主導型のトップダウントリートメントとそれに伴う、Bone augmentation(骨造生、骨造成)はインプラントの適応拡大においてその重要性を増している。

上顎臼歯部にインプラント治療を行う際、意識しなくてはならない解剖構造が上顎洞である。Boyneらは、Caldwell-Luc法に準じて上顎洞前壁に骨窓を設け、上顎洞粘膜を上顎洞底骨面より剥離挙上して、洞底部に自家骨を移植するサイナスフロアエレベーション法を報告した。これにより、上顎臼歯部の萎縮した骨へのインプラント埋入が可能となり、2007年のAO(Academy of Osseointegration)のコンセンサスレポートにおいて、サイナスフロアエレベーションを併用してインプラント埋入をした症例と、通常の顎骨にインプラントを埋入した症例では、同程度の生存率を示すことが報告されて以降、多くの施設で行われるようになってきた。その一方で、上顎洞の解剖や病理を熟知しないが故に起こったと予想されるトラブルや訴訟も増えてきている(Summers RB. A new concept in maxillary implant surgery. The osteotome technique. Compendium 15. 1994; 152: 14-156.,Aghaloo TL., Moy PK. Which hard tissue augmentation technique are the most successful in furnishing bony support for implant placement ? Int J Oral Maxillofac Implants. 2007; 22: 49-70)。

歯を喪失すると、歯槽部で内方からも外方からも骨の萎縮が進み、その結果、上顎洞底は歯槽部とともに上方かつ口蓋側に移動していくという特徴を有している。これに伴い、相対的に後上歯槽動脈が歯槽部と接近するため(菅井敏郎. 上顎洞底挙上術 −側方アプローチと歯槽頂アプローチ−. 日口外誌. 2010; 56: 150-165.)、上顎洞前壁に骨窓を設ける際に出血を起こすことがあり、従来の回転切削機器では注意が必要となる。しかしながら、ピエゾサージェリーの使用により、このリスクを回避することが出来る。

また、上顎洞内の中隔や棘の存在にも注意が必要であり、この存在により上顎洞粘膜の挙上中に穿孔を生じることが多いことが知られている(河奈裕正. デンタルインプラントと上顎洞 〜手術合併症防止の視点から〜. 日歯先技研会誌. 2011; 17: 73-7819)。Wallanceらは、サイナスフロアエレベーションにおける偶発症であるシュナイダー膜の穿孔について、通常の回転切削器具を用いた場合、平均30%で起こるのに対して、ピエゾサージェリーを用いて行った群では7%に減少し、その穿孔の理由もピエゾサージェリーによるものではなく、手用器具によるものだったと報告している。術後の急性上顎洞炎を引き起こさないためには、上顎洞粘膜を損傷させないとこが重要であり、そのリスクマネージメントとしてピエゾサージェリーの有用性は高いと考える。

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3.歯性上顎洞炎・歯根端切除術

歯性上顎洞炎は通常の臨床現場でも比較的よく遭遇する疾患であり、上顎洞炎の中では4-13%と言われている(佐藤公則. 上顎洞性歯性病変の臨床病理組織学的研究. 日耳鼻. 1998; 101: 272-278)。その原因としては上顎臼歯の根尖性歯周炎などの炎症が上顎洞へ波及したものであり、歯から上顎洞への細菌感染とされている。

現在、患者のDental IQの上昇に伴い、ひと昔のように未処置の齲歯が原因となる場合が減り、不十分な根管治療が行われた歯が原因となることが多くなってきた(吉田奈穂子. 歯科からみた歯性上顎洞炎. 耳展. 2006; 49: 372-380)。これには、上顎臼歯部は開口状態でも明視野で根管治療を行うことの限界や、歯根形態や根管形態により、完全な根管治療を行うことが困難であることが挙げられる。

髙野ら(髙野信夫. 歯性上顎洞炎の原因歯は抜歯するのか. 日本歯科評論. 2004; 738: 74-79)は、歯の保存をする場合、上顎洞炎を引き起こしたような原因歯において、治癒環境が悪く治癒機転を示すとは考えにくいと考察しており、労して原因歯の治療を行っても改善が認められない場合や、囊胞性疾患などの存在、原因歯からの炎症の再燃などから、余儀なく抜歯となるケースが多いのが現状である。

吉田らや小川らは、通常の回転切削機器による歯根端切除術を行う場合、多根歯である臼歯部では、頬側根のみの処置が限界と述べている。さらに、歯根端切除術は歯根の分枝や側枝が根尖から3㎜の間で、93-98%存在することから、最低根尖3㎜の切除が必要であり、頬側からのアプローチでは、完全な歯根端切除術は不可能である(小川晃弘, 牧野琢丸, 他. 歯性上顎洞炎. MB ENT. 2008; 90: 86-92.,Kim S., Kratchman S. Modern Endodontic Surgery Concepts and Practice: A Review. J Endod. 2006; 32: 601-623)。

しかしながら、当科では歯性上顎洞炎の原因歯を経上顎洞的に内視鏡支援下にピエゾサージェリーを用いて歯根端切除術を施行し、良好な結果を残してきている。今後、長期予後を見ていく必要があるが、現時点で歯性上顎洞炎の再燃や原因歯が抜歯に至ったケースはない。今後、原因歯の抜歯が少なくなることに期待したい。

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4.下顎骨関節突起骨折観血的整復術

顎顔面骨骨折は転倒・転落や交通外傷、殴打などが原因として生じ、下顎骨骨折では顎角部骨折と関節突起骨折が多く認められる。特に、1986年以降のシートベルト着用義務やエアバックの普及に伴い、重症の多発顔面骨折が減少傾向にあり、下顎単独骨折などが増加傾向にある(谷口真一, 中野雅哉, 他. 名古屋掖済会病院歯科口腔外科の最近8年間における顎顔面骨骨折の臨床統計的検討. 愛院大歯誌. 2008; 46(2): 165-169)。また、高齢化社会に伴い、高齢者の転倒による関節突起骨折が増加傾向にあることも言える。

関節突起骨折に対する治療として、顎間固定による保存的治療を選択するか、観血的整復術を選択するかは議論の分かれるところであり、一定の見解が得られていないのが現状である。保存的治療を選択した場合、入院期間の長期化や開口障害の改善まで長期間を要することや、開口路が患側に変位することなどの問題点が挙げられる。また、口腔外アプローチによる観血的整復術を選択した場合、顔面神経の損傷の危険性や術創による醜形残存という審美的な問題も無視できない(藤田日登美, 羽鳥仁志, 他. 硬性内視鏡を補助的に用いた口内法による関節突起骨折観血的整復術. Dental Med Res. 2010; 30(2): 178-182)。

このような観点から、口腔内アプローチによる観血的整復術を内視鏡支援下に施行することで、口腔の機能や、顔面の審美的問題もなく、手術侵襲を最小限に抑えられる手術法であるが、その手術手技は煩雑であり、関節突起頸部〜基部までが口腔内アプローチによる観血的整復術の限界とされている(Mueller RV., Czerwinki M., et al. Condylar fracture repair use of the endoscope to advance traditional treatment philosophy. Facial Plast Surg Clin N Am. 2006; 14: 1)。骨折の部位や様態によっては適応外となることもあるため、今後さらなる手術機器の改良・開発が望まれている。


まとめ

現代の社会背景から、入院期間の短縮や早期の日常生活への復帰、歯の温存やリスクマネージメントが強く望まれるようになってきている。ひと昔前まで行われてきた、“大きく切開・骨削、抜歯して治療する時代“から、”より低侵襲で、リスクの少ない治療する時代“へ移り変わってきている。

コンビームCTやMRIなどの発達により、画像診断にて詳細に病態把握が可能となってきている。このことから、口腔外科領域も低侵襲治療がスタンダードとなることが望まれる。

 

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